モーブッサン MAUBOUSSIN
フランス、パリのブランド。1983に発表された「ナディアライン」。
NADHIAは、NACRE(真珠母貝)とDIAMONDからなる造語らしい。金やダイヤモンドの宝石に真珠母貝という自然素材を組み合わせた、それまでの宝飾品の概念を打ち破る革新的なコレクション。高価だったダイヤを気軽に身に着けようと考え出されたこのシリーズは当時の新しいライフスタイルに見事にマッチ、世界にセンセーションを巻き起こしたといわれる。
いつの時代も斬新さは受容され、創意工夫連続である。歴史が証明する。
「アルルカン」コレクションはイタリア喜劇に登場する、道化師をモチーフとするシリーズらしい。金や貴石、半貴石のほかに珊瑚、真珠母貝など様々な素材を用いられてつくられた道化師は、手足を動かしたり遊び感覚あふれるものだという。このシリーズ衣装の菱形模様をモーブッサンは好んで、いろいろなアイテムや形を変えて用いられているらしい。
そういえば、展示会など見て回っているときに、道化師をモチーフとするデザインが並べられているコーナーがあったりして、不思議だなあと思っていました。このブランドシリーズに由来、影響を受けているのかもしれませんね。
ここまでたどってきて、今に通じるヒント、アイデアが歴史に埋もれている気がします。時に書物を紐解き、時に写真集、美術書を見てみる。あそうそう、イタリア喜劇本場の道化師をも見に行かなくちゃなりませんね。なによりも、パリに行かなくちゃと思います。
心豊かに人生を旅していけそう。心が解放される、いざリゾートへ。
とんねるずが昔、イタリアのパスタはめちゃくちゃおいしいと言っていたのが印象に残り、イタリア行ってパスタを食べるというのが当面の目標でしたが、少し足をのばしてパリまでいかなくちゃなりませんね。
引用:「華麗なる宝石物語」桐生操著
ヴァン・クリーフ&アーペル Van Cleef &Arpels
華麗な曲線や動物模様が特徴の装飾芸術アールヌーボー、その芸術運動が席巻したのは1900年代初頭、この運動をもとに、斬新なデザインを追求したのが、ヴァン・クリーフ&アーペル。
ヴァン・クリーフ&アーペルは、3兄弟と義兄によって創業、ブランドは彼らの名前に由来するもの。パリのヴァンドーム広場に1906年に店を開いている。やはりヴァンドーム広場なんですね。
1930年のある日、お店に一人の女性が訪ねてきた。アメリカ鉄道界の巨頭の夫人フローレンスJグールドである。急いでいたため、彼女は金属の箱の中に、口紅、コンパクトなど投げ入れていた。ルイアーペルはそれをヒントに数ヶ月後、「ミノディエール」という名の化粧品入れバッグを発売した。金か漆でできたバッグの箱には、鏡も取り付けられ、留め具の下には口紅、お金なども収納できるつくりになっており、実用性にもたけていた。
金線で編まれ、ダイヤで装飾されたバッグは世界中の女性の熱い視線をあび、ヴァン・クリーフ&アーペルの登録した商標「ミノディエール」はイブニングバッグを直接指す言葉として使われるようになった。
些細なことでも気付き、思いやる心
こうしたたゆまぬ姿勢が信頼を獲得しファンをひきつける。
ブランドには、見えない優しさがあるよう。
決して高慢でもなく、かなたにおく存在でもなく。
ごくごく当たり前に生れ、産みだされたものが、脈々と蓄積されてつながる。
ブランドに学ぶこと多しです。
引用:「華麗なる宝石物語」桐生操著
ティファニー TIFFANY
このブランド知らない人はいないな…多分。
オードーリーヘップバーンはどうだろう。知らないひとも結構いるかも。
そう彼女主演の映画「ティファニーで朝食を」ファーストシーン
フランスパンをかじりながら、たたずんでショーウィンドウを見つめている。そこがまさしくティファニー
ニューヨーク本店5番街、57丁目
1837年創業、銀細工に名をはせ、ダイヤモンド立て爪式石詰め法、6本爪「ティファニーセッティング」を考案。光をあらゆる方向から集める傑出した職人の技術。高級でありながら、近しいようなティファニー。
そんなティファニーのスタートは、骨董品と文房具を扱う雑貨店から。初日の売上わずか4ドル98セントだったという。
当たり前ですけどね、誰でもスタートはこんな所からなんですね。勇気が湧いてきます。
ちょっとマーケティングになりますけど、ティファニーが大きく成長したのは
・「よいデザインはビジネスを成功に導く」
・「斬新なアイデア」
だという。今でも変わらない普遍の法則のような気がします。定価制導入やメールオーダーカタログなども先駆者らしく新しき事に挑戦する姿勢は今でも変わらない。
そういえば、パブロ・ピカソの娘さんパロマ・ピカソが著名なティファニーの専属デザイナーであっと。アメリカの博物館に所蔵されているらしく、気になりますね。
「ショーウィンドウを眺めながら、フランスパンをかじる」、斜め後方横からのショット。
そんなシーンと街角で出会えたら、そっとシャッターを押してあげよう。
引用:「華麗なる宝石物語」桐生操著
ショーメ CHAUMET
超一流の宝石店が並ぶパリヴァンドーム広場、その中でも格式の高さでは群を抜いているという、ショーメ。創業者は、マリー・エティンヌ・ニトーとその息子フランソワ・レニョーという人物。彼は1780年、パリのサントノーレ通りに小さな店を開いた。当時の第一総督だったナポレオンはある夜、テアトルフランセに行く途中、ニトーの店の前にさしかかる。その時急に馬が暴れ出して、彼の乗った馬車が店の前でひっくり返ってしまった。このときあわてて馬車に駆け寄り、ナポレオンを助け起こして店内に招じ入れ、手厚く介抱したのがニトーであった。ナポレオンはこの時の親切を決して忘れなかった。この運命のいたずらが、その後ショーメに名声をもたらすことになったのである。
その後ナポレオンはフランス皇帝に即位することになるが、最初に思い出したのはニトーのことだった。早速宝剣、宝冠をつくらせ、その後もひいきにし、ニトーの名はヨーロッパ中に知れわたるようになる。
無償の愛は運命を変える。
ブランドストーリーを知る事で歴史も学べる、そんな気がします。人生の選択肢も増えるかもしれませんね。
引用:「華麗なる宝石物語」 桐生操著から一部
カルティエ CARTIER
20世紀初頭、イギリスの国王エドワード8世が恋に落ちたのは、二度の結婚歴があり、特に美しくもないアメリカ女性、シンプソン夫人。王位についてからも熱い思いは変わらず1936年BBC放送を通じて王位辞退宣言をし、名高い「王冠を賭けた恋」は成立した。この時贈ったエンゲージリングがカルティエによってつくられた。
19世紀末パリで、カルティエは「宝石商の王、王の宝石商」と呼ばれるまでに当時王侯貴族を魅了していた。一人の伯爵との出会いから宮廷御用達となり勢いを得ている。人生の出会いは大事ですね。
カルティエの代名詞パンテール(豹)。三代目ルイ・カルティエが、ジャンヌ・トゥーサンという仕事のパートナーを迎えた。トゥーサンはココシャネルの友人でもあり、パリで初めて毛皮を身に着けた人物とかでユニークな方。このトゥーサン、あだながパンテール(豹)。この方こそが、このパンテール(豹)シリーズ生みの親であり、20世紀カルティエのシンボルへと発展させていくのである。
豹のしなやかな躍動感を見事に表現しているという。
あまり見たこともないけど、今度それに巡り合えたら、しかと、みてみよう。カルティエの豹を。
こうしてみると、ブランドには動物キャラクターも結構からんでくるのだなぁと感心しています。
特徴的なデザインと品質へのこだわり
日本の職人さん方の気質も通じるものがあります。
色々考えさせられてしまいます。
引用:「華麗なる宝石物語」桐生操著 、ウィキペディア
ブシュロン BOUCHERON
フレデリックブシュロンが、今や世界の宝石の頂点に立つ地として名高いフランス、ヴァンドーム広場に出店したのが、1893年。あえて昔ながらのハイジュエリーにこだわり、アイディアの新しさで宝石をつくり続けたとか。
そして当時のとても装飾的な宝石の常識を打ち破る独創的な作品で、広く知られるようになった。異素材の組み合わせに注目、最高級宝石に水晶、ミモザ材といった、誰も考えつかなかった画期的な素材の組み合わせは、フレデリックが試みた技法だという。
水晶は細工が難しく、宝飾品としてはそれ以前には使われて来なかったといいます。初めて水晶を宝飾品として使いはじめたのが、ブシュロン。
あらゆる素材を駆使して自然界のモチーフを追求し続けるブシュロン、革新的とも言えるその創造性が、栄光を築いてきたともいわれている。いつの時代も最高級のみをめざす。
独創性、革新的などのワードが並ぶのが嬉しいです。勇気が湧いてきます。ブランドの背景には、やっぱり奥深い何かが潜んでいる。日本人がブランドにひきつけられ、寄っていくのは、本来的に備え持つ奥深さに共感する遺伝子が触発され、本能的行動なのかもしれないですね。。
ブランドヒストリーは、人物伝でもあり、楽しいものです。
Wood jewelryも突き抜けなくては。
